2021年03月18日

明治時代のまち(その3)



シリーズでお伝えしている明治時代のまち
4千万人のフォロワーさんから賞賛の声をいただきました。
(んなわけあるか!)

そんなわけで(笑)、
第3弾
旧水戸街道沿いに商工会議所前の急カーブ、常陽医院前の急カーブと
2つのカーブを曲がって3つ目の急カーブ(T字路)付近です。
(土浦城を守るための急カーブは旧城下町の名残りですね。)


map5.jpg

明治時代

現在の行列ができる「かき氷屋」さんがあるあたりと
T字路を南下した左手に「お茶っぱや」とありますが、
ほかの「茶や」との違いは なんざましょう?

新川橋を渡る(印刷が滲んでいる)付近には
土浦城の北門(真鍋口)があって、S字の馬だしが
あったそうです。
馬だし?って悩める方はググってみてください。


20201008095803.png

こんな感じの防壁。


「小松屋卵や」さんは、つい最近取り壊された古民家ですね。
大きな建物で、タイル張りされた間口が路地側に造られていて、
その脇に大きな夏ミカンの木が立っていました。


千本格子の立派な事務所がある「大地主」も気になります(笑)
教員、つとめ人、銀行員

今となっては個人情報ダダ漏れな古地図ですね。
でも、それだけご近所さんの間の信頼関係が厚かったってことですね。
向こう三軒両隣
子育ても高齢者のお世話も助け合い・支えあっていたんでしょうねー。

いい時代だったのですね。


map6.png

現在

そういえば、我NPO法人の大山理事長の会社
「大山補聴器」さんは、この古地図では「柳沢ブリキや」とあります。

てっきり、土屋藩御用達の補聴器を作っていたのだと信じていたのに・・・(笑)



posted by キララちゃん at 09:44| Comment(0) | 日記