2021年04月01日

持続可能な地域づくりと私たち


2007年(平成19年度)から2019年までの12年間
我々の事業の一つ、
「土浦市中心市街地基礎指標調査研究事業」がありました。

・・・ちょっと待て、ちょっと待て、お兄さん♪
「基礎指標調査研究事業」って、なんですの?

という方のために、まず

「基礎指標調査研究事業」を説明いたします。


土浦市の中心市街地は、多くの人々が集い、交流する場として発展してきました。

ここでは、多くの個人や団体が、まちの活性化にかかわっています。

まちの活性化をさらに実りのあるものとしていくためには、

様々な個人や団体が行う個々の活動に共通の方向性を持たせることが重要です。

また、活性化により多くの人々のかかわりを持たせるためには、

わかりやすく活性化とは何かを理解してもらうことが必要です。


そのために「NPO法人まちづくり活性化土浦」では、

まちなかで活動する個人や団体間での交流や情報交換を活発にし、

まちの活性化をもっと効果的に推進するため、

地域通貨の発行や茶話会その他、様々な事業を進めてきました。


こうした状況を踏まえて、中心市街地活性化のための

各種統計情報(歩行者通行料・空き店舗数・居住者人口・

観光関連施設利用者数)等を整理し、共通の方向を持つための指標づくりこそが

「基礎指標調査研究事業」なのです。



さて、だからどうした?となるわけですが、
我々が行ってきたこの調査事業の成果データを引用(反映)したものが
なんと、なんと、
全国の高校の教科書に掲載されることとなったのです。

kyoukasyo.jpg


どうだ!(ドヤ顔)


高校社会科の「持続可能な地域づくりとわたしたち」の章です。


例えば、研究のひとつ「歩行者通行料調査」では、毎年毎年、
同時期の平日・休日の朝から夜まで13地点の歩行者通行料をカウントします。
準備期間と調査結果の集計からまとめまで、正味3〜4ヵ月は
職員全員、命を懸けて全力投球の毎日だったのです。


調査ポイント.png


正直「だりー、やってらんねーあせあせ(飛び散る汗)」と、思ったこともありました(えへへ)
が、しかし!!
今回の快挙(笑)には、驚きと喜びと愛しさと切なさで、万感の思いなのでするんるん

ある意味「事業が実を結んだ」ことに
NPO団体に関わるすべての者が歓喜した瞬間でした。

教科書.jpg

全国の高校生諸君exclamation
社会科の授業で「持続可能な地域づくりとわたしたち」の単元をお勉強するときには
知ってても知らなくても、興味あっても無くても
茨城県(いばらき)の「土浦市」という素敵なこのまちに
思いを馳せていただけたらと、心から願うばかりでございます。

我々も
改めて、高校生のようなフレッシュな気持ちで
「持続可能な地域づくり」に努力&邁進していきたいと思います。






posted by キララちゃん at 10:10| Comment(0) | 日記

2021年03月31日

キララちゃんベンチ2


茨城県建築士会土浦支部の皆様が製作してくださった
「キララちゃんベンチ2」が完成しました。

デザインはコンペで最優秀賞に輝いた都内在住のキララちゃんファン。
製作は建築士会さんで、仕上げの塗装を土浦二中の美術部の皆さんが
可愛く塗ってくださいました!


20210330_141508.jpg



ちなみに
「キララちゃんベンチ1」は

20170518_160856.jpg




かわいいです!
チョベリグどころか「やばみ」の最上級
「やばみざわしんご」です(笑)


設置場所は、土浦市民にとっての銀座シックス
「ピアタウン」北口です。

20210330_141650.jpg


座り心地はどうでしょうか?
NPO48のスタッフが試してみました。

20210330_141301.jpg


「まるで、雲の上にいるような心地よさです!」

(・・・あくまでも本人の感想です)


これは、インスタ映え間違いなしですね。

キララちゃんバスを待つ間はもちろん、
ちょっとお休みしたいとき、泣きたいとき、
嬉しいとき。どんな時でも座れば気持ちが上向きになるはず♪

末永くよろしくお願いいたします。






posted by キララちゃん at 14:26| Comment(0) | 日記

2021年03月22日

江戸時代の城下町



明治時代から も少し遡って
江戸時代に来てみました。

しかし、この地図の解説が何一つできません。
ごめんなさい。江戸時代生まれの知人がいません(笑)
あー、
博物館の学芸員さんに解説してもらいたい!!


江戸時代2.jpg


天ぷらの保立さんがある「桜橋」から
中城通りです。


中城通り(水戸街道)に
「追手先木戸際より桜川詰迄百五十間」とあります。
つまり、保立さんのお店(桜橋交差点)から273mのあたり、
今のときわ木さんのお店の先の路地を土浦小学校のほうへ曲がる所に
追手先木戸があったのですねー。
確かに土浦小学校(旧土浦幼稚園の正門)脇に
「大手門の跡」と石碑が立っていますね。



川を境にその先田宿町へ続きます。


江戸時代.jpg


さすがに東光寺や等覚寺は安定の場所にあります。
大手町と大町の境界となる八間通から続く国道は、この時代は川でした。
その先(大町)に「桝形」とあるのでググッてみました。
「城の一の門と二の門との間にある方形の広場。出陣の際、兵の集まる所。
侵入した敵軍の動きを妨げる効果もある。」とありました。

なるほど。

しかし、現代のキラキラネームとは違って
男気溢れるお名前ばかり。
この時代を見習ってほしいわー
光宙(ぴかちゅう)だの聖闘(せいんと)だの
美気意(みっきー)だの・・・おばちゃんはイライラします(笑)
あ、話がそれましたね。

皆様のご先祖様は、おられましたか?

posted by キララちゃん at 15:28| Comment(0) | 日記